春だから

今月から、会社の規定でジャケット着用が義務付けられた。金融機関の営業の仕事なのでそれなりに綺麗な服を着て仕事をしたいと思っている。しかし薄給ということを理由にして必要最低限の服しか持っていなかった。GUの黒いカーディガンとか、着回しすぎてテロテロになったスーツとか。今回のジャケット着用義務化はまあそれなりにいい機会かと思い、仕事着を新調することにした。

 

久しぶりのデパートだった。やはりワクワクする。なんたって、そこには今年の流行があるのだ。全部可愛い。全部欲しくなる魔法。

 

もう一つ手に入れなければいけないものがあった。腕時計だ。就職の時に買った腕時計は気に入っていたのだけれど、2ヶ月ほど前の飲み会で無くした。その後は地元の雑貨屋で購入した腕時計を使っていた。ベルト部分も安っぽいし、文字盤も30mmほどと大きい。全く心に響かないものだったけど、安いし、仕事につけていくものだからなんでもいいやと思って買った。そうしたらやはりすぐ壊れた。安物買いの銭失いの体現。

 

腕時計を買うことは憂鬱だった。私はプライベートでは腕時計を付けないので、必然的にそれは仕事用になる。仕事関連にお金を出すことが嫌だ。無難なもので済ませようと、並んだ腕時計達を物色していた。

 

「新しい腕時計欲しいな。春だから。」

可愛らしい声だった。

振り返ると、私と同世代くらいの女性がショーウィンドウを覗いていた。

仕方がなく腕時計を買おうとしている私からすると信じがたい事実だが、この世には、「春だから」という理由で腕時計を新調する女の子がいるらしい。

 

「春だから」この言葉を聞いたとき、なぜかすごくどきどきした。

 

春になったから、という理由で何かを新調できる女の子は、きっと軽やかで可愛げのある女の子だ。新しく訪れる季節に合った靴で、スカートで、ブラウスで、毎日を過ごすその子の春はきっと、楽しいのだろう。

 

かく言う私も、腕時計に出費することに乗り気でないながらも、どこかでワクワクしていた。なぜ心惹かれる時計がこんなにあるのか。無難なもので済ますのではなく、可愛い時計が欲しいという欲がむくむくと湧いてきた。やはりデパートは魔法の場所らしい。

 

結局、女の子なら誰でも知っている人気ショップでピンクゴールドの時計を購入した。色味が私の肌に馴染む。ブランドロゴも可愛いし、文字盤も小ぶりで好みだった。春らしい腕時計だ。

 

予算の3倍くらいしたけれども気にしないのです。春だから。