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私は、母が市役所勤め、父が教員という公務員一家に生まれたので、比較的厳しく育てられた。おもちゃは買ってもらえなかった。みんながたまごっちで遊ぶ間、私は自分で作ったビーズのネックレスの先を、感情を殺して見ていた。テレビドラマも観せてもらえなかった。クラスのみんなが金八先生の話で盛り上がっている時、私は自由帳を眺めていた。小学校の時は熱心に習い事に通い、中学や高校の時は朝から晩まで勉強した。

 

こう振り返ると随分頑張った。小学生の頃から、周りのワイワイガヤガヤに入り切れないあの特有の切なさを味わっていたなんてかわいそう。ネックレスの先を無意識に見ているのはヤバイ。今すぐ抱きしめてあげたいレベル。

 

ともあれ、このような幼少期を経たおかげで私は至極真っ当に育ったと思う。犯罪をせず、勉強を人並みにこなし、就職は自分の望み通りにいかなかったけど、それでも地元の優良企業に就職し、実家にも戻ってきた。

 

それでは、この「いい子ちゃん」のロールモデルのような人生を過ごし、弊害は何か。それは、いつまで経っても人の人生に憧れてしまうこと。周りの子達を羨ましがる癖が抜けない。また、自分で頑張って生きるよりも、親の方が子育てを頑張った結果、私は自分で考えることを疎かにし、生かされてきてしまったがために、自分の人生に自信が持てなくなってしまった。

 

私が特に憧れているのがヤンキー。私はヤンキーに憧れている。ヤンキーは楽しそうだった。いつも「ダチ」で集まって、騒いで、華のような笑顔が彼らにはあった。ヤンキーには絶対恋人もいた。人と両思いになるということは、年頃の中高生だった私にとっては奇跡のような素晴らしいことだった。

 

そして、彼らはどう見ても「勝ち組」だった。

私は娯楽もないような田舎で育った。このような逃げ場のない田舎で楽しむためには、人と関わるしかない。家族や友達、恋人ありきの社会。むしろそれしかない社会。

友達や恋人を大切にして、その存在を生きがいに出来るヤンキーが私にはとても羨ましかった。それにやはり、青臭い年頃の中高生だった私にとって、彼らは格好良かったというのもある。

 

私はいつか、この、人の人生にばかり憧れてしまう現象から抜け出せるだろうと思っていた。自分が楽しめるようになれば、自分の人生はつまらないと思わなくなるだろうと。人は言う。「女の子は化ける」と。私は化けて可愛くなって人生を楽しめるようになる瞬間を待った。そして、高校卒業、18歳、19歳、20歳、21歳、22歳、23歳と、数字を見るだけで輝かしい期間を、毎日毎日待って待って待ち続けたが、結局化けることはなかった。

 

さらに最悪なのは、恋愛についてもノータッチだったことだ。あまり楽しくない子供時代だったけれど、恋人が出来れば楽しい思いができて、その楽しさは私の人生を払拭するくらいのパワーがあるはずだろうという妄想が、恋人いない歴=年齢、が更新されればされるほど、膨らんでいった。しかし、電流がはしっている電線ごとく、恋愛については触れることも許されなかった。幼少期の友達にあまり馴染めなかったことに加えて、宝石のような年代に恋愛を知ることなく終わってしまった事実が、ますます私を卑屈にした。

 

だから私は24歳になってもなお、私の人生をくそだと思っていて、ヤンキーになりたい気持ちから抜け切れていない。自分の子供は自分と正反対に育てたい、ヤンキーに育てたいという思いがあるくらいだ。それほどに、自分の満足のいく人生が過ごせなかったことに絶望している。しかし、私も社会人になったことだし、いつまでもヤンキーに憧れていないで、そろそろ自分の人生を見つめてもらわなければ困る。

 

それには、早く地元に友達を作ることと、結婚することが必要だ。結婚に関しては「早く結婚して」と30歳の私が今の私に向かって言っているのが聞こえている。幻想ではなくて聞こえている。30歳の私の思いが強すぎて本当に私にその叫びが届いている。このまま一人で生きていくことに慣れてはいけない。20歳前後の時は、もう私は恋人を作るのは無理だろうからと、一人で楽しく生きていく術を身に付けようとした。その結果、趣味がひとり旅になってしまった。しかし気付いた。このまま一人で生きていったら、人の人生に憧れることから抜け出せないと。人を支え、支えてもらう体験をしなければだめだ。結婚しなければだめだと。世間体でもない、親のためでもない、私のために結婚しなければだめだ。いや、冷静に考えてまずは処女卒業からクリアしないとだめだな。これがクリアできれば、案外このこじらせも、だいぶ解消されるかもしれない。