人生なんて弱火で燻っとけばいいよ
大学を卒業して新卒で働き始めてから1年半経った
学生時代に住んでいた横浜は、雪に支配された田舎から出てきた身としては最高の環境だったし、厳しい親の目も離れて遊びまくった
趣味がなくで自分からは動こうとしない私を遊びに連れ出してくれる友達にも恵まれた夢のような大学生活を過ごした身にとって、初めての社会人というものはそれはそれは大変だった
四六時中「辛い」「辛い」「辛い」と頭の中は苦しさが支配していたし
暇さえあれば死にたいという思いが浮かんできて気持ちを押し殺すことが大変だった
疲弊した疲れた心底疲れた
家族に恵まれて、いい大学を出させてもらって、会うだけで幸せになれる友達が出来て私の人生は順風満帆だったはずなのになんでこんな苦しい思いをしているんだろう
それが私の直近1年半だった
けれど人間っていうのはそんなに長く悩めない
数え切れないほどの「辛い」「苦しい」「死にたい」を繰り返した私は
最近吹っ切れた
「死にたい」と思えば、「あ、私は今死にたいんだな」と死にたい気持ちを単なる事象で受け止められるようになった
死にたいからって死ぬ必要もないし、死にたいという気持ちを無理に拭う必要もない
人間は幸せになる必要もない
別に幸せでなくたって人生60年くらい生きていける
幸せにならなくてもいいよ
この先60年間、また「辛い」「苦しい」「死にたい」を繰り返すんだと思うんだけど、それもいつか必ず終わる
運が良ければ60年を待たずに30年、10年、5年、明日にでもそれは来るかもしれない
頑張れ私
生きているだけでいいよ
遠距離友人Mちゃん
facebookの通知が教えてくれたのだが、大学時代の友達が誕生日を迎えた
大学卒業後すっかり会話が少なくなったラインを起動させて「おめでとう」と送る
申し訳程度に「元気?」と相手の状況を伺う言葉を付け加えて
友人である彼女はとても聡明で上品だ
いつも背中がピンと伸びていて、部屋は常に清潔にされ塵一つない
私がfacebookの通知でしか友人達の誕生日を思い出さないことに反して、彼女は毎年0時きっかりにおめでとうメールをくれる
猫背で、飲みかけのペットボトルで溢れる部屋に住む私とは正反対のとても出来た子だ
ときにより、性格や見た目が正反対の人とは思いがけなく良い友人になれるということを彼女との関係で知った
彼女とは私とは正反対で、愚痴や辛いことを絶対に人に言わない
そして辛い出来事が過ぎてずっと経ってから「この時辛くて毎日泣いててさ」なんて話を笑いながらする
私は鈍感で彼女の辛い状況に全く気付かなかったし、彼女も彼女で私の慰めなど必要とはしていなかっただろう
だから、彼女のネガティブな部分を共有してあげることはなかった
そんな彼女のことだから、私の「元気?」に対する答えは鼻から分かっていた
「元気だよ!!」の文字を見て、相変わらずの彼女に安心する
彼女が元気であるかどうかは本人しか知らない
私はこの先も、彼女の力になれることもなければ慰める機会もないんだろう
ただ、私と過ごす時は、人生の辛さは見て見ぬふりをして、いつもみたいに思い切り笑って楽しんでもらえますように
辛さや大変さを分かってあげられなくても、今までみたいに全力で人生ゲームをしたりUNOをすることもできるし、大好きな韓流俳優のかっこよさを何時間も議論することはできるよ
彼女にとって、辛い時はぶっちゃんと過ごそうかな、と選択肢の一つに入れてもらえるような存在でいれますように
誕生日おめでとう
あなたが幸せでありますように
友達依存症候群
私は友達に依存している
自分自身の唯一好きなところは、大好きな友人を持っているところだし
少ない給料のなかから多額の交通費を捻出してどこまでも友達に会いに行っちゃうし
友達と一緒にいる時が唯一、自分が自分であるような感覚がするし
私の生きがいは友達だけだと大きな声で宣言できる
友達への想いが強すぎて、私の友人達には私の生き霊がついていると思う
こんな症状に反して、私には友達が少ない
特に今生活している地元には友達がいないのでなんとも苦しい思いをしている
毎日毎日友達に会いたくて仕方ない
辛い時は友達と話す妄想をすることで精神を保っているほどだ
しかしそんな時でも絶対に友達にラインしたり電話したりはしない
友達に依存していると思われるのが嫌だ
そして彼らの日常の邪魔をしたくない
友人には友人らの日常がある
私の日常はほとんど友人で埋め尽くされている
しかしそれは私の場合であって、彼らにはそれぞれ家族がいて、恋人がいて、先輩や後輩がいて、他の友人がいる
だから友達に頼らず人生を過ごせるよう、一人に慣れようとする
一人でこうやってブログを書き、一人旅をし、一人で映画を観て泣き、笑い、一人で勝手気ままに生きていく訓練をしてしまう
そうするうちにまた友達が遠ざかってさらに友達が少なくなり、残った友達への依存を深めていく
ブログ村世界一周準備カテに入ろうと書き始めたのに重すぎる内容になってしまうやつ
私の目標は世界放浪をすることだ
東南アジアのモワッとした空気に包まれながら香辛料の強いスープを飲む
うざいバイタクのおじさんを華麗にかわし気ままに歩き、気になったカフェで好きな本を読む
ヨーロッパの美しい建造物を見ながらチーズと生ハムとワインで乾杯する
アフリカの地球とは別の惑星に来てしまったような景色の中で像やライオンを探す
陽気な声が聞こえる南米で人々のダンスを見る
こんな夢のようなことが味わえたなら、私の人生も少しは素敵になるんじゃないか
最近は疲れてしまって生きている気力がない
周りに友達がいなくてパワーをもらえないし
自分をうまく表現できなくて辛いし
仕事は失敗ばかりで辛いし
相変わらず彼氏はできない
誰もが抱える悩みのはずなのにこれしきのことで死への願望が膨らんでくる
最近の私の叶えたい夢は「今日死ぬこと」だ
それでも自殺しないのは、家族に愛情を注がれながら育ち、大好きな友達が同じ空の下にいるという安心感からかもしれない
とにかく、私は死にたくてしょうがないけど、自殺するような人間じゃないから、それだけは事実だから、なんとかして生きていく工夫をしなければならない
それが私にとっては「世界放浪」だ
仕事に疲れて心底自分が嫌になった時、その解消法を私は知っている
旅に出ること
私にとって毎日は非日常で、旅に出ている時だけが日常のような気がした
旅している時は「死にたい」なんて思いつくことがなかったし、楽しそうにしている自分が愛しかった
これから毎日の非日常を生き抜くためには、旅という日常に戻れることを目標とするしかない
こんな辛い毎日を頑張ることはできないけれど、それでも、ただ、世界放浪という目標は、こんな生きづらい世の中を生きるための理由くらいにはなるだろう
誰にも迷惑かけないし、自分の心さえあれば叶うことだからね
目標額の6分の1が貯まりました
果てしないけど大丈夫
生きるためだからね
1905文字
私は、母が市役所勤め、父が教員という公務員一家に生まれたので、比較的厳しく育てられた。おもちゃは買ってもらえなかった。みんながたまごっちで遊ぶ間、私は自分で作ったビーズのネックレスの先を、感情を殺して見ていた。テレビドラマも観せてもらえなかった。クラスのみんなが金八先生の話で盛り上がっている時、私は自由帳を眺めていた。小学校の時は熱心に習い事に通い、中学や高校の時は朝から晩まで勉強した。
こう振り返ると随分頑張った。小学生の頃から、周りのワイワイガヤガヤに入り切れないあの特有の切なさを味わっていたなんてかわいそう。ネックレスの先を無意識に見ているのはヤバイ。今すぐ抱きしめてあげたいレベル。
ともあれ、このような幼少期を経たおかげで私は至極真っ当に育ったと思う。犯罪をせず、勉強を人並みにこなし、就職は自分の望み通りにいかなかったけど、それでも地元の優良企業に就職し、実家にも戻ってきた。
それでは、この「いい子ちゃん」のロールモデルのような人生を過ごし、弊害は何か。それは、いつまで経っても人の人生に憧れてしまうこと。周りの子達を羨ましがる癖が抜けない。また、自分で頑張って生きるよりも、親の方が子育てを頑張った結果、私は自分で考えることを疎かにし、生かされてきてしまったがために、自分の人生に自信が持てなくなってしまった。
私が特に憧れているのがヤンキー。私はヤンキーに憧れている。ヤンキーは楽しそうだった。いつも「ダチ」で集まって、騒いで、華のような笑顔が彼らにはあった。ヤンキーには絶対恋人もいた。人と両思いになるということは、年頃の中高生だった私にとっては奇跡のような素晴らしいことだった。
そして、彼らはどう見ても「勝ち組」だった。
私は娯楽もないような田舎で育った。このような逃げ場のない田舎で楽しむためには、人と関わるしかない。家族や友達、恋人ありきの社会。むしろそれしかない社会。
友達や恋人を大切にして、その存在を生きがいに出来るヤンキーが私にはとても羨ましかった。それにやはり、青臭い年頃の中高生だった私にとって、彼らは格好良かったというのもある。
私はいつか、この、人の人生にばかり憧れてしまう現象から抜け出せるだろうと思っていた。自分が楽しめるようになれば、自分の人生はつまらないと思わなくなるだろうと。人は言う。「女の子は化ける」と。私は化けて可愛くなって人生を楽しめるようになる瞬間を待った。そして、高校卒業、18歳、19歳、20歳、21歳、22歳、23歳と、数字を見るだけで輝かしい期間を、毎日毎日待って待って待ち続けたが、結局化けることはなかった。
さらに最悪なのは、恋愛についてもノータッチだったことだ。あまり楽しくない子供時代だったけれど、恋人が出来れば楽しい思いができて、その楽しさは私の人生を払拭するくらいのパワーがあるはずだろうという妄想が、恋人いない歴=年齢、が更新されればされるほど、膨らんでいった。しかし、電流がはしっている電線ごとく、恋愛については触れることも許されなかった。幼少期の友達にあまり馴染めなかったことに加えて、宝石のような年代に恋愛を知ることなく終わってしまった事実が、ますます私を卑屈にした。
だから私は24歳になってもなお、私の人生をくそだと思っていて、ヤンキーになりたい気持ちから抜け切れていない。自分の子供は自分と正反対に育てたい、ヤンキーに育てたいという思いがあるくらいだ。それほどに、自分の満足のいく人生が過ごせなかったことに絶望している。しかし、私も社会人になったことだし、いつまでもヤンキーに憧れていないで、そろそろ自分の人生を見つめてもらわなければ困る。
それには、早く地元に友達を作ることと、結婚することが必要だ。結婚に関しては「早く結婚して」と30歳の私が今の私に向かって言っているのが聞こえている。幻想ではなくて聞こえている。30歳の私の思いが強すぎて本当に私にその叫びが届いている。このまま一人で生きていくことに慣れてはいけない。20歳前後の時は、もう私は恋人を作るのは無理だろうからと、一人で楽しく生きていく術を身に付けようとした。その結果、趣味がひとり旅になってしまった。しかし気付いた。このまま一人で生きていったら、人の人生に憧れることから抜け出せないと。人を支え、支えてもらう体験をしなければだめだ。結婚しなければだめだと。世間体でもない、親のためでもない、私のために結婚しなければだめだ。いや、冷静に考えてまずは処女卒業からクリアしないとだめだな。これがクリアできれば、案外このこじらせも、だいぶ解消されるかもしれない。
女は黙ってケベックシティ
旅行に行きたいけど韓国や台湾などのありきたりな場所じゃ満足行かないめんどくさい女の子へ
旅行の行き先に迷ったら迷わずにケベックシティに行って欲しい
迷ったら迷わずケベック
サカナみたいな形のカナダで説明すると、だいたい右端
ケベックはカナダの東側にある
ぎゃん可愛いですね
おとぎの国です
お馬さんがいます
やっぱりおとぎの国なようです
奥に見えますお城が勝ち組ホテル、フェアモントでございます
外壁はおとぎの国ですがお値段はThe資本主義国でございます
ケベックシティは城壁のまち
城壁の内側がケベックシティの旧市街地であり観光メインスポット
なんと1時間でまわれます
おとぎの国は小さいに決まっていますからね
コンパクトシティの先端を行っていますね
小さすぎるのですぐに観光終わりです
私は最安値でここにたどり着きたくて
成田から発飛行機をシアトルで乗り換え
バンクーバーまでバスを乗り継ぎ
トロントまで飛行機で飛び
列車を乗り継ぎ乗り継ぎという果てしないことをしましたが
1時間で観光終わりとは贅沢すぎますね
さらに安く済ませたいあなたは、バンクーバーとトロント間を列車で4泊5日の旅(ノンストップ、シャワー無し)という狂いそうなルートもあります
小さいケベックシティをぶらぶらした後は暇すぎるので
「川の上を通る船が氷河を割った道あと」が川の流れに乗って流されていくという様子をずっと見ていました
おとぎの国での過ごし方としては最高です
ここで2泊を過ごした後はケベック国際空港という名ばかりの国際空港からロサンジェルスに飛んでさらにワシントン国際空港へ、そこから成田へという移動
風邪と時差ボケが1週間治りませんでした
しかし時間がある方にはぜひ行って欲しい
楽しくもなかったけど、なぜか死ぬまでにもう一回行かないとと思っている場所です
「あー旅行いきてー会社辞めて旅行いきてー」を満たす本
前回は24歳のこじらせ女承認欲求のカタマリみたいな記事を書いてしまったので
少しばかり、いや、お腹が痛くなる予感がしたのに調子に乗って快速の電車に乗ってしまい案の定お腹が痛くなって死にそうになった時くらいの後悔はしている
しかし記事は消さない
私はこの自分のこじらせに目を向けなければいけないというこじらせた思いを持っているからッッッ!
けれどちょっと私の名誉のために言っておくと、
休日の度に「教育」だとか「価値観」だとか、国際社会学を専攻する大学生がレポートで馬鹿みたいに繰り返すであろうワードばかりに思いを巡らせている訳ではない
きちんと楽しんでいる
先日お金がないために図書館で時間を潰していたときもちゃんと楽しい本を読んだ
楽しすぎたので共有したい
インスタではフォロワー数10人弱にも関わらずなんかチキってしまいシェア出来ない系女子だけど、ここは私もような者にも懐を開いてくれる優しいはてなブログなので共有したい
それはこれ
旅人界の重鎮、丸山ゴンザレスさん監修の本である
まず丸山ゴンザレスって名前からして怖い
日本でゴンザレスなんて名前この人しか聞いたことない
スキンヘッドだしヒゲがワイルドだし体もずっしりしていて怖い
いつもTシャツとかパーカーとかばかりでカジュアルな格好をしているのも
一筋縄ではいかない感を醸し出していて怖い
いつも裏社会とかヤバいところに潜入しているジャーナリストって肩書きも怖い
そんな怖い人が出しているこの本、
めっちゃ面白い
他のガイドブックとかは読んでいると「ああ旅行行きたい!!!!」って欲をかき立てられるけど、この本はもはや旅行している感覚になる
しかも「ああもうお腹いっぱい」ってな感じに
「世界遺産最強ナビ」なんていうタイトルなんだから、
世界遺産がいかに素晴らしいのかを伝えてくれる本かと思ったらそんな陳腐なことに留まらない本だった
もう見逃せないスポットですよね
そんなカンボジアのアンコールワット、見ものだけど、アンコールワットのあるシェムリアップにはなんにもなくてつまらんと言い切っている
しかも空港からアクセスがめちゃくちゃ悪いという情報までくれる
なぜ旅人をもっと鼓舞してくれないんだ
と思ったけど続きの情報に目を輝かせてしまった
アンコールワットを見るなら隣国タイのバンコクからの移動がいいよってこと
しかも移動の大変さはそんなに変わらないらしい
しかもそんなに大変な思いをせずに?!
そんなワクワクする情報をくれてありがとうございます
そしてこの本は8人くらいのライターがコラムを寄せている本なんだけど記事にそれぞれの人柄が出ていて濃い
「旅の賢人がつくった」とタイトルで謳っている
丸山ゴンザレスさんがいう「旅の賢人」なんて変人に決まっている
例えば和田虫象さんの日記『世界遺産見学で死んでたまるか。砂漠でオナニーしたった!』
遺跡の入場料が高いことに不満を覚えた著書は、裏ルートから無料で潜入を試みる
けれど途中で遭難し、危機感を感じた著者のあそこも危機感を感じたのか
遭難しながらもぴゅーってやっちゃうという話
遭難してるのに!!!!
個性が強い!強すぎるよ!
この人きっと私には理解出来ない人種である
まずタイトルの「したった!」という言葉が楽しい子ども時代を過ごしました感を出していて好きになれない
入場料を払わないで入場するという発想も人生を上手く生きて来た末っ子感を出していて好きになれない
誰かが見ているかもしれない広い土地でぴゅーするところにパリピ特有の大胆さを感じて好きになれない
さらには肩書きの「ニート気質のフリーライター兼便利屋」というワードに表参道系男子の面影を感じ好きになれない
別にこの人が好きになれないのは、私が楽しい子ども時代を過ごせなかったからでも、長女で責任感のあるつまらない人間に育ってしまったからでも、パリピに目も向けられない陰キャだからでも、雪国系女子だからでもないよ!!!!
『世界遺産見学で死んでたまるか。砂漠でオナニーしたった!』なんて言われても誰も羨ましいと思わないし引く
こんなに旅行欲をかき立てられない旅行本も珍しい
でもお腹いっぱいになるっていう意味が分かったでしょう?
とりあえずインドに似ている国はスリランカらしい
私はずっとインドに憧れているんだけど、まだ旅行は怖くて踏み切れていないから、今度の長期休暇はとりあえずインドに似ているというスリランカに行くことに決めた